推薦図書
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臨床心理学関連
昔は自分からうつ病だと言う人は確かにいませんでした.しかし,今はそうではなくなってしまいました.うつは,「心の風邪」とも言われてしまうように,誰でも罹る病気だという認識があるからなのでしょうか.しかし,それだけではなく,「うつ」であることにアイデンティティを見い出そうとする人がいるのでしょう.
本書の「おわりに」に書いてあることが印象的でした.悩みを悩みとして捉えるのではなく,病気に転換してしまう傾向があると.人間の持つセルフハンディキャップ的な傾向がこのような形で表れてきているのでしょうか.筆者は,その原因を市場原理主義や社会構造的な問題であると示唆しています.
筆者は精神科医であり,「うつ」の診断が原因によるのではなく症状によってなされていることも本書で述べられていて,「うつ病」を精神科医がどのように考えているのかもわかります.勉強になる一冊です.
最近,何でも心の問題に帰属させてしまい,心の問題を解決しなければならないという風潮になってしまっています。トラウマを探し,トラウマを語ることによって安心し,そして癒しを求めようとする。心理学という学問もトラウマと癒しを追及する学問だと誤解され,カウンセラーになりたいという図式ができあがってしまっています。
トラウマというラベリングによって枠をはめることで安心してしまう。そして,その解決を心の専門家に求める。このような構図は,個人のレベルだけではなく,行政や社会もそれを求めてしまっています。何か事が起こると,心の問題の解決だという大合唱です。しかし,心の問題だと帰属させてしまうだけで,実際には本質的なところでの解決になってしまっていないのです。
※ 2009年に河出文庫から文庫版が出版されました(840円)。
「心のケア」は,とてもよい響きです。諸手を挙げて受け入れてもいい,そんな気持ちにさせてしまいます。しかし,そこに危うさが存在しているのです。
大きな事件が起こると,すぐに「心の問題」だと叫ばれます。個人を取り巻く社会や制度といった側面ではなく,個人の内面的な心の問題に焦点が当てられ,心の専門家と言われる他人によって,「心のケア」が始まります。
教育現場では,教師は「心のサイン」を見つけることが求められ,子供たちは,自分のやりたいことを見つけるように,自己実現が迫られます。大学にあっても,キャリア教育が盛んで,自己を分析し,自分探しが求められています。
いずれも,個人を取り巻く社会的要因を覆い隠し,すべてを個人の「心」の問題に帰属させてしまおうという捉え方です。「心のケア」は,体制によって定められた状況にいかに適応させるかという視点で成立しているのです。そして,今,小中学校では,「心の教育」という大義名分のもと,道徳教育の副読本として,「心のノート」が配布され,心をコントロールする動きが見えて来ているのです。心の「商品化」という言い方は,ちょっと過激すぎるとも思えましたが,それが着実に進行しているのかもしれません。
「心」に対する認識が高まり,「心」の問題を真剣に取り組みようになってきた時代を評価しなければならないのかもしれません。しかし,一方で,心の専門家の登場を諸手をあげて受け入れてしまう風潮は,とても恐い気がします。何か事件や事故があれば専門家による「心のケア」が叫ばれる。それは,本当に病んだ人にたいするケアになっているのでしょうか。プロフェッショナルやボランティアという他人ではなく,日頃慣れ親しんだ家族や友人のサポートをもっとも必要としているところに,割り入っていく図式には不自然さを拭いきれません。
物質面以外のサポートをしてあげるプロフェッショナルあるいはボランティアを無条件にいいことだと受け入れてしまう。それは,「あげる」側の論理でしかなく,受ける側の論理が欠落しているような気がしてきます。
私たちの生活は,対価を払ってサービスを受けることが多くなってきました。さまざまなサービス業が出てきて,何でもプロにまかせることができる時代になってきました。しかし,すべてを専門家に任せてしまっていいものなのでしょうか。「心」は最後の砦,聖域ではなかったのでしょうか。そのうち,「人生の専門家」が登場し,私たちの人生すべて委ねてしまう。そんな時代が来てもらっては困るのです。
「心の理論」は,文字通り,他者の心をどうやって知るのかを説明する理論で,自閉症児などの理解に役立つものとしてもてはやされたものでもあります。「心(mind)」という言葉を使った大胆なネーミングは魅力的であり,これまでわからなかった心の深層のベールをはがしてくれるような期待を抱かせるものです。しかし,実際の「心の理論」は,知覚・認知レベルの実験的証拠に裏付けられた説明理論です。
この理論を平易に教えてくれるのがこの本です。理論的な説明ばかりではなく,著者自身の体験,音楽の歌詞,映画の話などがわかりやすい例として随所に出てきます。こんな授業だったら楽しいだろうなと思わせてくれる一冊です。
私は恥ずかしいことに,臨床心理学とカウンセリング心理学の違いをよく知りませんでした。この本を読んで,その違いがわかりました。臨床心理学を勉強できる大学は最近増えましたが,カウンセリングを本格的に勉強できる大学は少ないことを改めて感じさせられました。本学でもカウンセリング心理学を専門に指導できる先生はおりません。さらに,カウンセリングの勉強をするのに,統計だの心理学のリサーチ(研究)法の基礎をきちんと学ばなければならないということもよくわかりました。心理学でカウンセリングを勉強したいと思っている人は,この本を読んでみてください。その勉強法もわかりますし,一般にイメージされている「カウンセラー」だけがカウンセラーではないこともわかります。